レポート:作家・加藤シゲアキが魅せる世界観と実際とは?加藤シゲアキ「なれのはて」記者会見レポート

2023年10月24日、東京・護国寺にある講談社において、加藤シゲアキさんの著書「なれのはて」の記者会見が行われました。今回の記者会見では、加藤シゲアキさんが登壇されました。

記者会見では、「書籍についての説明」と、「書籍を製作するにあたってのエピソードやPV」の話、「質問時間」が取られ、今回のレポートでは書籍についての説明と質問時間の一部について、レポートします。


Q:執筆のきっかけは?

加藤シゲアキさん(以下加藤さん) 前作『オルタネート』刊行時ぐらいに、次作は講談社さんと一緒にやろうという話がありまして、その時はぼんやりと「ミステリーならどうだろう?」とか、いろんな可能性を模索していたんです。その後に『オルタネート』がとてもありがたいことに注目されまして、文学賞(吉川英治文学新人賞)を頂き、であるならば、僕自身も新しいチャレンジに臨むべきではないかなと思い、「いつか書いてみたかったな」という社会派なものであったり、一人間として、30代半ばの男性として今、書きたいもの、そして読みたいものを形にするのはどうだろうという形で挑戦したのがきっかけです。


Q:次に、本作は、2020年に構想を開始し、約2万字に及ぶプロットを経て、今年の1月に第一稿を脱稿しました。長期にわたる執筆の苦労話などはありますか。

加藤さん 苦労話。社会派なものというか、自分が書きたいものはどういうものなんだろうと考えた時に、僕は生まれが広島で、5歳までなので記憶はあまりないんですが、そのご縁で広島でお仕事をいただく機会が非常に多くて。原爆関連であったり、今年もNHKのナビゲーターをさせてもらったりとか、戦争や原爆に関して触れあう機会が非常に多く、また広島の方に、「いつか広島の話、戦争の話を書いてくれないか」って言われる機会が多く望まれるのであれば、自分も挑戦してみたい。けれども、果たして自分が、そうしたものに入っていいのだろうかとか、書ける能力があるのだろうかとか、悩みつつ。また、広島を描いた作品はたくさんあるものですから、自分自身がそこに挑戦するのは果たして正しいのだろうか?と。

そもそも戦争は日本中、世界中、日本の各地であったはずだから、「まだ描かれてない戦争があるのではないか」と思いたち、僕の母の出身は秋田ですので「ちなみに秋田ってどうだったんだろう」と。「秋田には戦争にまつわるエピソードがあるんだろうか」と、ネットで「秋田 戦争」って入れたら、本作でも描かれている大きなテーマでもある「土崎空襲」という日本最後の空襲を知りました。「そういったものがあったんだ」とまた、どうしてそこに空襲が起きたのかと、調べるうちにたくさんの発見があり、「これは自分が書かなくてはいけないんじゃないかな」という、ある種、「宿命」みたいなものを感じ始めました。

今まで書かれていない部分もそうですし、母のルーツであるということもそうですし、ただそれを真正面から書くのではなく、「エンターテイメント、小説・物語として書くことで届くものがあるんじゃないか?『オルタネート』を経て書くべきものはそういったものなのではないかな」と。そして言うなれば自信もありました。これなら描けるんじゃないか。

しかし、取材や、たくさんの資料を読み込むうちに、実際の史実というものを元にして小説を書くのは初めてでしたし、「はたして、事実として起きた空襲、被害者のいるものを物語にしていいのか」という葛藤はずっとありました。戦争というものを物語化して良いのか?

一方で、「書くことで伝わることがある」、「届くものもある」っていうその葛藤みたいなのをずっと抱きつつ。実際にあった話ですので、なるべく史実をもとにまた、遺族や被害者、そういった方々の傷をえぐらないように、色んなところに配慮しながら書くという部分が、非常に苦労しました。

その他にも、「報道から異動したイベント事業部」というものが主人公でありますから、事実や歴史、史実、そういったものを書いていく部分で、不安がなかったわけではないですが、書き上げて刊行にいたり、自分がやった道は間違ってなかったんではないかなと、現時点で思っています。


Q;小説の舞台は秋田を舞台の一つにしていますが、8月に秋田を取材で訪れましたが、その時の印象は?

加藤さん 執筆時はコロナ禍ということもありましたし、秋田に実際に足を運ぶことができなくて、資料や編集の方にも助けてもらいながら資料を集めた形でしたので、執筆ののちに「後取材」みたいな形でお邪魔させてもらったんですけど、秋田に訪れたのはどうやら20年ぶりでした。高校生のときに一度帰ったきりだったんです。

祖父母とは会っていたんですけども、母方の実家には帰る機会もあまりなくて。なので、このタイミングで、久しぶりに秋田を訪れて、光景みたいなものは、あまり変わってないですし、まあ小さいころの秋田の空気とか、そういったものは覚えていたので小説として書けたわけです。

ただ、その祖父母とは「土崎空襲」について、あるいは戦争というものについて語り合ったことがなくてですね。祖父とは会えなかったんです。祖母は今年90歳なんですが、まだ元気で。なかなか家族と戦争の話するってのは勇気がいるんですけど、「ちょっとこういう話を書いたんだ。おばあちゃん、ちなみになんか体験したことを覚えたりするの?」って言ったら、その頃祖母は10歳で、「3歳か、もしかしたら3ヶ月かの妹をおぶって『空襲がきた』って言って家から飛び出し、あぜ道に出た。遠くに空襲があるのが見えた」という話を聞きました。

自分の祖父母ともそんな話をしたことがなかったし、またそこから戦争中の話とか、まあ戦後の苦労話みたいなものを、すごく聞かせてもらって、とても近い家族でありながらそうして知らないことがたくさんありました。

そして祖母も快く話してくれたんですけど、祖母とそういう話ができたということも、個人的にはこの小説を書いた意味はあったなと思います。また秋田に行った時は、現地でその当時、実際に土崎で体験された方のお話を聞かせて貰ったりとか、今その土崎空襲を調べている高校生、中学生と若い方にも会ったりしました。自分が執筆してる時に、思い描いていた戦争の凄惨さというものとは、それほど食い違ってはいなかったので、やはりそうだなと思いました。

この小説の中でもありますけど、あと1日早く戦争が終わっていればなかった空襲ですから、きっとそこを思った方もたくさんいるんじゃないかなと思っていたんですが、まさにその言葉を何度も聞いたので、この作品を書いたことで間違っていなかったなと思っています。


Q;発売前重版をしましたが、それについての感想は?

加藤さん ありがたい限りです。本当に初版部数も決して少なくない部数を刷っていただいたんですけど、ありがたいことに発売前重版という形で。『オルタネート』で、本当に自分も想定していなかったような注目をしていただいたので、なんて言うんですかね…。その時の影響で、まあ「次作、加藤シゲアキは何をやるんだ」というところで、それこそ作家の先生方からも「早く書け!」とすごくお尻を叩かれたんですけれども。

結果として、構想から3年かかっただけあるような、自分としての自信作に仕上がったなと思っています。そしてそれがまた話題になっているということは、自分がこれにチャレンジしたことは1つ間違ってなかったんじゃないかなと、再確認する日々です。


Q:ファンの方がすごく期待されているなって言うのが伝わってきたんですが、その点において加藤さんは実感されてるのか、それともまだファンの方からのリアクションが届いてませんか?

加藤さん もちろん届いてます!すごく期待されていた、次作を期待されていた、というのは実感としてあります。番組でも「タイプライターズ」という、作家さんをお呼びして語り合う番組であったりとか、あらゆる対談であったりとか、いろんなところで作家さんとつながるみたいなものがあったのですが、そこでも、自分がこういったことにチャレンジしているということは、軽くは話していたので、きっといよいよ加藤シゲアキがそれを書き上げたと思ってくれたのが、まずファンの方のリアクションだと思います。

今、NEWSのツアー中なんですけど、実はライブで、あのうちわではなく、「小説現代」を振っている人が何人かっているっていう、すごい光景だと(思いました)。文芸誌をこうやって振っているって、あんまり見ないんですけど、「買ったよ!」ということで、そういう方がたくさんいらっしゃいます。

『なれのはて』のうちわを持ってる方もいますし、「発売前重版」といううちわもありまして、すごく喜んでくれてるんだなと、まず思いました。それと、今回プルーフを凄く作りまして、多くの書店員の方に配りました。その反響が今までで一番あったかなと思います。

これまでもすごくあったんですけど、書店員の方からの熱量がすごくあって、僕ももちろん全身全霊で書き上げたものですから、それが本を愛する書店員の方にも届いたからこそ、この熱量で返ってきたんだなと思うと、本当に「小説現代」が出るまで「受け入れてもらえるのか」とか、すごく不安だったんですけど、本当に反響が、ありがたい反響が多くて、ほっとする感じです、今は。


「なれのはて」
加藤シゲアキ著
発行:講談社
判型:四六判ワイド上製
定価:2145円(税込)
ISBN:978-4-06-533143-9


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